あじさい

「ひとつだけ、
永遠と呼べるものがあるんだけど、知ってる?」

台所のイスに座っていた、やすのぶが言った。

天国から時々現れるあなたこそが、
永遠なのではないかと、さとこさんは思った。

「死んでもね、
永遠の命がもらえるわけではないんだよ」

なら、永遠なんてない。

人は生まれた時から別れに向かっているし、
私自身もいつか終わりがくるだろう。
さとこさんは、心の声でやすのぶに伝えた。

「そうだね。
命は永遠ではない。
もし、僕に永遠の命があったとしても、
相手がいなくなれば、
そこで二人の間の永遠は終わってしまうからね」

外は雨が降っていて、
テーブルに飾ったあじさいが
雨を恋しがるように窓を見ていた。

「ねえ、君が、大事にしたいこと、
誰かに伝えたいことがあるなら、
それを一心に伝えて欲しい。
言葉でもいいし、生き方でもいい」

やすのぶは、いつもより透けて見えた。
雨のフィルターを通して、
柔らかな光に包まれているようだった。

「一心にね。
そしたら、君の思いは誰かが受け止めるだろう。
このアパートの住人かもしれないし、
カフェのお客さんかもしれない。
いや、これから会う誰かなのかもしれない」

「その一心な思いは、
やがて多くの人の心をひとつにする」

「そしてその人は、
その思いをまた誰かに伝えようとするだろう」



「分かるかな。それが、永遠なんだよ」


食べ物は美味しく頂くこと。

ありがとうと言葉で伝えること。

相手を思いやることを忘れないで。

笑顔でね。

さとこさんは、自分が大切にしていることは、
出会った人たちから教えてもらったことだと気づき、
ハッとした。

そうか、私も永遠の一部になっているんだ。

ふとイスのほうを見るとやすのぶの姿は、
もうそこにはなかった。


第13話につづく
2017.06.01 Thu l Category: None l Comments (0) Trackbacks (0) l top
P4010707.jpg
死んでしまった夫やすのぶが、時々姿を見せるようになって、
二度目の桜の季節がやってきた。
今年は、京都の桜が見たくて、新幹線を予約した。

駅弁をひとつ買って、新幹線乗り場に向かう。
切符は二枚、二人分の席を取る。
二人がけの席の、私は窓側に、やすのぶは通路側に。

二人だけの時は声を出して話すのだが、人がいる時は心で話す。
もちろん、周りからは女性の一人旅にしか見えないので、
変に思われないよう、あまり笑わないように気をつける。

(着いたら、どこに行く?清水寺とか?)

(嵐電に乗ろうよ。宇多野駅の手前に桜のトンネルがあるんだって)

(わあ、素敵だろうね。でも混んでるだろうなあ)

(混んでても、オレは平気だけどね)

(そりゃ、そうね)

京都駅からバスで嵐山電鉄の四条大宮駅へ。
目的地まで、約30分の路面電車の旅だ。

小さな駅は、京都の歴史とそこに住む人の暮らしを感じさせる。
鳴滝駅から宇多野駅へ向かう途中、
電車の頭上に覆いかぶさるような桜のトンネルをくぐり抜ける。

(夜桜電車は、車内が暗くなって桜がライトアップされるんだって)

(なぜだろう。夜の桜は心細くなるの)

光に照らされた桜の外側の暗闇が、私を不安にさせるのかもしれない。
御室仁和寺駅で降り、きぬかけの路を通って仁和寺へ。
ここには、遅咲きの御室桜(オムロザクラ)が咲いている。

満開の桜の木から、舞い降りた花びらは、
石畳の道を桜色に染めていく。

(ねえ、『桜の森の満開の下』にあるのは、なんだか知ってる?)

やすのぶの声と一緒に、急に風が吹いて、
散った桜の花びらが、宙に舞い上がった。

「毎年、一緒に桜を見よう」
それは、出会った頃からの約束だった。

(一緒にいてあげられなくて、ごめんね)

満開の桜の下、透けるような笑顔でやすのぶが振り向いた。

人も、桜も、変わらないものは何もない。

ふと見ると、桜の枝に赤い紐が結ばれている。
その紐には、誰のどんな願いが込められているのだろう。

『桜の森の満開の下』にあるものは、なんだろうか。

どうしようもない無常観を受け止めながら、
それでも、私たちはまた、桜を見たいと思うのだ。


桜
第12話に続く。
2017.04.09 Sun l Category: None l Comments (0) Trackbacks (0) l top
川の底

2002年2月

「ねえ、思川に行こうよ」
空気が乾燥して、遠くの日光連山がよく見える冬の日。
私たちは思川の土手を目指した。

そこは最近見つけたお気に入りの場所で、
秋には、簡単に作ったお弁当を持って
川や雲を眺めたり、寝ころんで昼寝をしたり
ぼーっとした休日を過ごした。

冬の日の土手は、
冬枯れの木が空に網目模様を作って
その向こうには、飛行機雲が細い線を描く。

空気は冷たいけれど、風もなく日差しは暖かい。

やすのぶがジープの運転席、私は助手席で
ポメラニアンのメイは後部座席から外を眺めている。

「川に水がないよ。砂地が広がってる」
「行ってみたい!」

何度かこの道を通ったはずなのに
干上がった川に気づいたのは今日が初めてだった。

土手から川へ降りる道を見つけ、
川のほうに向かうと、背の高い葦が壁を作るように伸びている。
その葦をかき分けるように、けもの道が作られている。

葦原


「タヌキかしら、この道を作ったのって」

「いや、魚釣りのために作ったんじゃないかな」

その言葉どおり、枯れ草の道を進むと、
椅子ひとつ分くらいの釣り場が現れた。


春になれば、ここで釣り糸を垂れるのだろう。
川を泳ぐ魚の影が目に浮かぶ。


「川の底に降りてみようか」

デコボコとした急勾配を危なげに下りる私に
「ほら、こっち」
と、小さな子供の手を引くみたいに、やすのぶが手を差し出す。
そして、手を繋いだまま、私の少し前を歩く。
足にさくさくとした砂の感触が伝わる。
後ろには二人の足跡が並んで続いている。
メイは、尻尾をブンブンさせ、砂を蹴って走っている。

カラスだろうか。無数の足跡が見える。

川底には何があるのだろう?
海辺を歩くときのように、小石を探してみたが
思っていたよりも何もない。
石はどんどん小さくなって、下流に流れていったのだろう。

「あ、こっちは潜るよ」
「子供の頃は川で遊んだよね」
「細長い水草がたくさん生えていたの、思い出した」

話しているのは私で
やすのぶは黙って話を聞いているだけ。
でも、繋いだ手が、時々ぎゅっとなって
うんうんと返事をしているのが分かる。


「まるで、水中を歩いているみたいだね」
やすのぶがポツリと言う。

「うん。私もずっとそう思ってた」

透明な水に満たされた川の底を歩いているイメージ。
でも、しっかりと川底を踏みしめて歩いている。

不思議な感覚に包まれて上を向くと、
空のほうに水面が見えて、
水泡がキラキラと光を放ちながら上っていく。

水草と川を泳ぐ魚。
流れのない水に包まれる私たち。

ずっとずっと
繋いだこの手を離さないようにしよう。


第11話に続く 


2017.01.29 Sun l Category: None l Comments (0) Trackbacks (0) l top

ペンギン・カフェ

ハレオハナは、ペンギンのいるアパートとして、
ご近所ではちょっとした話題になり、一人二人とペンギンを見に来る人が現れた。

ペンちゃんとギンちゃんは、動物園に比べれば狭い住み家だが、居心地は良いらしく、のんびりと一日を過ごしていた。

ハレオハナの台所にも小さな変化が起きた。

ペンギン見物の人に出したハーブティーとサンドイッチが評判になり、
「ペンギンカフェ」として、お店を開くことになったのだ。

店と言っても、住人たちが朝ごはんを食べるテーブルが、
そのままカフェのテーブルに変わっただけの小さなお店だ。

さとこさんは、以前にも増して台所をピカピカに磨き上げ、
テーブルには野の花を飾った。

友人のサワコが届けてくれる焼きたてパンに、畑で採れた野菜と産みたてタマゴでサンドイッチを作る。

サワコにパン作りのコツを聞くと
「う~ん。きちんと測ってレシピ通りに作ってるだけ。
その日の天気で少しずつ触った感じが違うから、そこは勘かな」

母にトマトの育て方のコツを聞いた時も同じだった。
「お天道様のおかげです」
と、たったひと言。

うちのトマトは、味が濃くて香りが強い。
太陽の恵みを、自然から頂く。
自然を知り、自然と共に暮らすと
きっと美味しいお返しをしてくれるに違いない。



さとこさんは、そんな思いを受け止めて料理を作る。

食材にも命があるから、旬のものを食べてもらいたい。

食べることは命のバトンタッチをすることだと思う。


それからお客様用に、二羽のペンギンが描かれた丸いコースターを作った。

「ごちそうさま。美味しかった」
「自分が食べたもので、自分の身体が作られているんですね」
コースターには、時々メッセージが残されていた。

「ここって、バツイチアパートってあだ名がついてるでしょ。暗いのかと思ったら、そうでもないのね」
自分もバツイチだという女性客も多かった。
身の上話をする人や、涙ぐむ女性もいたが、フレッシュハーブのお茶を勧めると、ホッとした笑顔になった。



「恋人ができますように」
「彼と結婚できますように」
それから時々、コースターに願い事が書いてあった。

ここ、バツイチアパートなんだけど…。

さとこさんは苦笑いをしながら、
コースターを両手で包み込んで、どうか願いが叶いますようにと祈った。

第10話に続く


2016.11.29 Tue l Category: None l Comments (0) Trackbacks (0) l top
    
「この子たち、俺のこと見えてるみたいだよ」

「え?」

声に振り向くと、やすのぶがペンギンに餌をあげていた。
掌くらいの大きさの小さめのアジが今日のメニューだ。


ペンちゃんがハレオハナに来てから1ヶ月。
ペンギンは群れで暮らす動物なので、一羽だけでは寂しいだろうと、もう一羽おっとりとした性格のペンギンがやってきた。
ペンちゃんの相方だから、ギンちゃん。
この名前も住人たちが決めた名前だ。
動物園から少しの補助が出て、庭に小さなプールと洞窟のような部屋が作られた。


食堂の隅で、ペンギンたちはアジを取り合うように次々に口に運んでいる。
時々、やすのぶのほうを見ては、クルッと首をかしげる。
そして、ペタペタと彼の周りを1周した。

「散歩に行きたいって言ってるよ」

ユウレイになると、ペンギンの気持ちまで分かるのかと思ったが、それは自分が行きたいだけのようだった。

ペンギンたちは、じっとドアのほうを見ている。
さとこさんは、エプロン姿のままペンギンと一緒に庭に降りた。
冷たい空気に背伸びをするペンギンを横目に、ブルッと身を縮める。
やすのぶはペンギンたちの先頭に立ち、おいでおいでと手招きしている。
ペンギンたちは、花を見たり、小石を飛び越えたりしながら歩く。

「知ってる?ペンギンは群れで海に向う。そして、群れの中から最初の一匹が海に飛び込むまでは、誰も海に入ろうとしないんだ」

最初の一羽、ファーストペンギンが無事にエサにありつけたことを確認してから、その他のペンギンは海に入るのだという。

「それって、勇気がある行動ってよく言われるけど、本当にそうなのかな。単にせっかちで、人より早くエサにありつきたいって思っているだけかもしれないよ」

最初に飛び込むのも、様子を伺うのも、性格と言ってしまえばそれまでだけど
きっと種として生き残るための、それぞれの役割分担があるのだと思う。


ペンギンたちはふと立ち止まり、じっと前を向いている。
その目線の向こうに何が見えるのだろう?


そういえば、いつも前を歩くのはペンちゃんのほうだ。動物園では、仲間のペンギンに馴染めずにいたが、今は、ギンちゃんの前を歩いている。



「ねえ、俺が死んだことも、きっと意味があるよね」
ペンギンの頭を撫でながら、やすのぶが言った。


どんな意味があるの?

それは、何度も何度も繰り返した問いだった。

今はまだ、分からない。
いつか、ちゃんと分かる日がくるのだろうか。



「あ、ペンギンさんだ!」
学校帰りの子どもたちが駆け寄ってきた。
二羽のペンギンは、プールを目指してペタペタと歩いている。
第9話に続く
2016.11.13 Sun l Category: None l Comments (0) Trackbacks (0) l top