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やんばるアートフェスティバル


蚕の幼虫は、自分で糸を吐き繭玉を作ると、その中でさなぎになり
しばらくはじっと何もせず、羽化して成虫になるのを待っている。

「不思議だと思わない?羽根もない芋虫が、全く違った形に生まれ変わるんだよ」

小学校の理科室で、白い繭玉を眺めながらマイコは目を輝かせて言った。
あの時僕は、繭玉よりも透き通ったマイコの頬が、自分のすぐ隣りにあることばかり気になって、
蚕の一生なんてどうでもいいと思っていた。

そして中学に入る時に、マイコは沖縄に引っ越していった。

もう二度と、会うことはないだろうと思っていたのに、
三十年後、僕たちは沖縄の離島で再会した。
空が海を写すのか、海が空を写すのか、
青と青が重なり合う浜辺にマイコは立っていた。

彼女は、さなぎから羽化して女になっていたが、僕にはすぐに分かった。

日に焼けた透明感のある頬も、何かを真っ直ぐに見つめる眼差しも変わっていない。

海辺で貝殻を拾って、貝塚に置きに行くのだという。
貝殻を拾おうと腰を屈めるたびに、サラサラと長い髪が砂を撫でる。

「貝塚はね、あの世に帰り、そして、この世に現れる場所なんだよ」
 
「昔の沖縄ではね、死んだように静止している状態の中から、新しい命が誕生することを『すでる』と呼んだの。
そして、貝塚に貝や土器を置き、『すでる』を前祝いしたの」

「すでる」は、母親から「生まれる」ことと区別され、
変態と再生を意味すると説明してくれたが、内地で育った僕には難しかった。

「生まれ変わりと言えばいいのかも」

すでるは、鳥のひなが卵の殻を破って生まれてくることでもあり、
秋に枯れた花が、冬の間は土の中でじっとして、春にはまた芽を出すことにも似ている。


人が生まれることは「すでる」とは違う。
けれど、自然界では、死ぬことが新しい生に繋がっているのなら、
人も同じように死んで、生まれればいい。

私はまだ、長いさなぎの期間を過ごしているの、とマイコは言った。
ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて「すでる」に近づくのだと。



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2019.01.17 Thu l Category: None l コメント (0) トラックバック (0) l top
電話


「3年前の妻につないでください」
 
 
「佳子か?娘の受験のこと、お前にばかり任せていて、
すまなかったね。
立派に育て上げてくれてありがとう」

私は電話交換手をしています。

ここには過去や未来につながる電話があり、
言えなかったことや、伝えたいことを話に来る人が訪れます。
 
ただし、それからの人生を変えるようなことは、
言ってはいけないので、私が見張り番をしているのです。

不思議と未来への電話は少なくて、皆さん、振り返ることのほうが多いようです。
  
「元カノに電話お願いします」
  
昔の彼女に電話をしても何も解決しません。
後悔しても仕方がないこともあります。
  
「中学時代の自分に電話をお願いします」
  
昔の自分と話したいという人は、女性が多く、
当たり前ですが話が合うようで、すっきりした声で電話を切ります。 
  
  

「7年前の母につないでください」

  
少し東北なまりのある女の子でした。 
  
  
「お母さん、私ね、体育館に集まって、みんなで歌を歌ったの。
どんどん水が増えてきて、身体が冷たくなったけど、
大丈夫、大丈夫って励ましあって、一番仲良しのみっちゃんと手をつないでいた。
怖くなかったって言えば、嘘になるけど、
みんな一緒にこんな団結したことはなかったなって思ったよ。

だからお母さん、仕事を切り上げて帰らなくていいから」
 
 
そこで私は、強制的に電話を切りました。
未来を変えることは出来ません。
 
女の子は「ごめんなさい。ありがとうございました」と電話を切りました。
 
言えなかった言葉、届かなかった思いを伝えたくなったら、
電話をかけにきてください。
 

2018.03.27 Tue l Category: None l コメント (0) トラックバック (0) l top
あじさい

「ひとつだけ、
永遠と呼べるものがあるんだけど、知ってる?」

台所のイスに座っていた、やすのぶが言った。

天国から時々現れるあなたこそが、
永遠なのではないかと、さとこさんは思った。

「死んでもね、
永遠の命がもらえるわけではないんだよ」

なら、永遠なんてない。

人は生まれた時から別れに向かっているし、
私自身もいつか終わりがくるだろう。
さとこさんは、心の声でやすのぶに伝えた。

「そうだね。
命は永遠ではない。
もし、僕に永遠の命があったとしても、
相手がいなくなれば、
そこで二人の間の永遠は終わってしまうからね」

外は雨が降っていて、
テーブルに飾ったあじさいが
雨を恋しがるように窓を見ていた。

「ねえ、君が、大事にしたいこと、
誰かに伝えたいことがあるなら、
それを一心に伝えて欲しい。
言葉でもいいし、生き方でもいい」

やすのぶは、いつもより透けて見えた。
雨のフィルターを通して、
柔らかな光に包まれているようだった。

「一心にね。
そしたら、君の思いは誰かが受け止めるだろう。
このアパートの住人かもしれないし、
カフェのお客さんかもしれない。
いや、これから会う誰かなのかもしれない」

「その一心な思いは、
やがて多くの人の心をひとつにする」

「そしてその人は、
その思いをまた誰かに伝えようとするだろう」



「分かるかな。それが、永遠なんだよ」


食べ物は美味しく頂くこと。

ありがとうと言葉で伝えること。

相手を思いやることを忘れないで。

笑顔でね。

さとこさんは、自分が大切にしていることは、
出会った人たちから教えてもらったことだと気づき、
ハッとした。

そうか、私も永遠の一部になっているんだ。

ふとイスのほうを見るとやすのぶの姿は、
もうそこにはなかった。


第13話につづく
2017.06.01 Thu l Category: None l コメント (0) トラックバック (0) l top
P4010707.jpg
死んでしまった夫やすのぶが、時々姿を見せるようになって、
二度目の桜の季節がやってきた。
今年は、京都の桜が見たくて、新幹線を予約した。

駅弁をひとつ買って、新幹線乗り場に向かう。
切符は二枚、二人分の席を取る。
二人がけの席の、私は窓側に、やすのぶは通路側に。

二人だけの時は声を出して話すのだが、人がいる時は心で話す。
もちろん、周りからは女性の一人旅にしか見えないので、
変に思われないよう、あまり笑わないように気をつける。

(着いたら、どこに行く?清水寺とか?)

(嵐電に乗ろうよ。宇多野駅の手前に桜のトンネルがあるんだって)

(わあ、素敵だろうね。でも混んでるだろうなあ)

(混んでても、オレは平気だけどね)

(そりゃ、そうね)

京都駅からバスで嵐山電鉄の四条大宮駅へ。
目的地まで、約30分の路面電車の旅だ。

小さな駅は、京都の歴史とそこに住む人の暮らしを感じさせる。
鳴滝駅から宇多野駅へ向かう途中、
電車の頭上に覆いかぶさるような桜のトンネルをくぐり抜ける。

(夜桜電車は、車内が暗くなって桜がライトアップされるんだって)

(なぜだろう。夜の桜は心細くなるの)

光に照らされた桜の外側の暗闇が、私を不安にさせるのかもしれない。
御室仁和寺駅で降り、きぬかけの路を通って仁和寺へ。
ここには、遅咲きの御室桜(オムロザクラ)が咲いている。

満開の桜の木から、舞い降りた花びらは、
石畳の道を桜色に染めていく。

(ねえ、『桜の森の満開の下』にあるのは、なんだか知ってる?)

やすのぶの声と一緒に、急に風が吹いて、
散った桜の花びらが、宙に舞い上がった。

「毎年、一緒に桜を見よう」
それは、出会った頃からの約束だった。

(一緒にいてあげられなくて、ごめんね)

満開の桜の下、透けるような笑顔でやすのぶが振り向いた。

人も、桜も、変わらないものは何もない。

ふと見ると、桜の枝に赤い紐が結ばれている。
その紐には、誰のどんな願いが込められているのだろう。

『桜の森の満開の下』にあるものは、なんだろうか。

どうしようもない無常観を受け止めながら、
それでも、私たちはまた、桜を見たいと思うのだ。


桜
第12話に続く。
2017.04.09 Sun l Category: None l コメント (0) トラックバック (0) l top
川の底

2002年2月

「ねえ、思川に行こうよ」
空気が乾燥して、遠くの日光連山がよく見える冬の日。
私たちは思川の土手を目指した。

そこは最近見つけたお気に入りの場所で、
秋には、簡単に作ったお弁当を持って
川や雲を眺めたり、寝ころんで昼寝をしたり
ぼーっとした休日を過ごした。

冬の日の土手は、
冬枯れの木が空に網目模様を作って
その向こうには、飛行機雲が細い線を描く。

空気は冷たいけれど、風もなく日差しは暖かい。

やすのぶがジープの運転席、私は助手席で
ポメラニアンのメイは後部座席から外を眺めている。

「川に水がないよ。砂地が広がってる」
「行ってみたい!」

何度かこの道を通ったはずなのに
干上がった川に気づいたのは今日が初めてだった。

土手から川へ降りる道を見つけ、
川のほうに向かうと、背の高い葦が壁を作るように伸びている。
その葦をかき分けるように、けもの道が作られている。

葦原


「タヌキかしら、この道を作ったのって」

「いや、魚釣りのために作ったんじゃないかな」

その言葉どおり、枯れ草の道を進むと、
椅子ひとつ分くらいの釣り場が現れた。


春になれば、ここで釣り糸を垂れるのだろう。
川を泳ぐ魚の影が目に浮かぶ。


「川の底に降りてみようか」

デコボコとした急勾配を危なげに下りる私に
「ほら、こっち」
と、小さな子供の手を引くみたいに、やすのぶが手を差し出す。
そして、手を繋いだまま、私の少し前を歩く。
足にさくさくとした砂の感触が伝わる。
後ろには二人の足跡が並んで続いている。
メイは、尻尾をブンブンさせ、砂を蹴って走っている。

カラスだろうか。無数の足跡が見える。

川底には何があるのだろう?
海辺を歩くときのように、小石を探してみたが
思っていたよりも何もない。
石はどんどん小さくなって、下流に流れていったのだろう。

「あ、こっちは潜るよ」
「子供の頃は川で遊んだよね」
「細長い水草がたくさん生えていたの、思い出した」

話しているのは私で
やすのぶは黙って話を聞いているだけ。
でも、繋いだ手が、時々ぎゅっとなって
うんうんと返事をしているのが分かる。


「まるで、水中を歩いているみたいだね」
やすのぶがポツリと言う。

「うん。私もずっとそう思ってた」

透明な水に満たされた川の底を歩いているイメージ。
でも、しっかりと川底を踏みしめて歩いている。

不思議な感覚に包まれて上を向くと、
空のほうに水面が見えて、
水泡がキラキラと光を放ちながら上っていく。

水草と川を泳ぐ魚。
流れのない水に包まれる私たち。

ずっとずっと
繋いだこの手を離さないようにしよう。


第11話に続く 


2017.01.29 Sun l Category: None l コメント (0) トラックバック (0) l top